静岡工科自動車大学校

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SAT'S PRAIDE

沿革

自動車の普及・発展の歴史と共に歩み続け、
静岡県内初となる自動車大学校へ。

1940
優良運転者養成機関として全寮制の静岡県自動車学校を開設
1952
静岡県自動車学校が学校法人静岡県自動車学校として認可される

日本で自動車製造事業法が制定されたのが1936年(昭和11年)。静岡工科自動車大学校のルーツとも言える静岡県自動車学校が開設された1940年(昭和15年)当時は、豊田自動織機製作所と日産自動車の2社しか許可会社がない時代でした。

1956
静岡自動車学校に整備科を開校
1962
法人名を学校法人静岡県自動車学園に改称

「もはや戦後ではない」と言われた高度成長期。テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれた頃に、静岡県自動車学校に整備科が開校されました。日本では国産の乗用車が開発され、普及が進み始めます。
1958年(昭和33年)にはスバル360が発売され、国内での乗用車普及が加速しました。

1970
静岡県自動車学校より学校部門を分離し、静岡産業技術専門学校を開設
1974
自動車整備技術の高度化に対応して二級整備士の養成を開始

自動車の急速な普及に対応するように校名の変更や二級整備士の養成を行った1970年代。この時代は自動車業界が大きな変革を迫られた時期でもありました。ガソリン価格が急騰した1973年(昭和48年)のオイルショックは低燃費化へのきっかけをつくり、交通渋滞や排気ガスといった社会問題も浮き彫りになりました。ランボルギーニ・カウンタックなどのスーパーカーブームが訪れたのもこの頃です。

1990
静岡県自動車学園が静岡理工科大学を開学するにあたり、自動車科ほか三科を分離・独立
1991
静岡工科専門学校を開校
1995
4階建ての新実習棟が完成

静岡工科専門学校に名称を改めたのは1991年。バブルの崩壊を経験し、日本の自動車業界も激動の時代に入ります。軽自動車やミニバンなど、実用性の高いクルマが普及し始めたのもこの頃。Windows95の発売、携帯電話やインターネットの普及など、1990年代におけるIT分野の発展は目覚ましいものがありました。

2000
自動車車体整備士養成課程ボディデザイン研究科を設置
2003
一級自動車整備士養成課程自動車システム研究科を設置
2004
中国嘉興職業技術学院と姉妹校提携
2005
専門学校静岡工科自動車大学校に校名変更
自動車科と自動車電子科を統合再編し自動車整備科を設置
2006
二輪自動車整備士養成課程モーターサイクル研究科を設置
自動車システム研究科を4年制課程自動車システム工学科に変更

2000年代、多様化、高度化が進む時代の中で、静岡工科専門学校は相次いで研究科を設置します。ハイブリッド車も普及しはじめ、自動車整備もサービスとコンピュータ制御の時代へと向かいます。2005年にはさらに校名を改め、日本の自動車整備教育をリードする自動車大学校として4年制のカリキュラムを充実させ、新たな時代に適応したエンジニアを育てることを使命としました。

2010
全国の自動車大学校、整備専門学校で初めてエコアクション21の認証・登録
2011
高度整備技術者を養成するハイメカニック研究科を設置
2015
日本語教育機関で学んだ留学生を対象とし、国際オートメカニック科を設置

自動車整備は、さらなる高度化と国際化が進みます。燃料電池自動車を積極的に導入するなど、新しい技術と積極的に関わりながらサービスエンジニアを育成し、外国人留学生を対象とした新たな学科の設置も実現しました。